島根県で唯一、情報工学を学べる松江工業高等専門学校 情報工学科は、“ICTシステムを活用した学生の学生による学生のためのキャンパスライフの改善”を目指す「e-Campusプロジェクト」の一環として、3年前から卒業研究のテーマにLINE WORKSを活用。研究に取り組む学生自身が、在校生のニーズを調査し、その結果に基づいてLINE WORKSが公開しているAPIを活用した連携機能を開発した後、成果を発表するプロセスです。PBL(プロジェクトベースドラーニング)によるエンジニアリング・デザイン教育として、学校側は教育的価値の高さを実感しています。
本事例のポイント
- LINE WORKSのBot開発の実装による学生の課題解決をテーマに
- 初めてPBLに取り組む学生でも解決のイメージが湧きやすく興味を持てる
- 研究を通じてシステム開発のプロセスを経験でき、エンジニア修業の第一歩に
情報工学科の教育内容や、原先生、梶谷さんの自己紹介をお願いします。
原先生 :
当校は1961年に創設され、5年生本科5学科と、高専本科卒業生が進学する2年制の専攻科2専攻を設置しています。情報工学科は1992年に創設された本科で、当校の中では一番新しい学科です。島根県内では、大学も含めて情報工学系の学科を設置しているのは当校だけであり、5年制の一貫教育を生かし、プログラミング技術やハードウェア技術、通信技術など、コンピュータとその周辺技術をバランス良く教えています。私自身も当校の卒業生であり、情報工学科の創設とほぼ同時に勤務を始め、情報工学科教授として教鞭をとりながら、副校長として管理職の業務もこなしています。
梶谷さん:
情報工学科の5年生で、今年4月から原先生の研究室に所属しています。昨年度、先輩方の卒業研究の発表会に参加した際、研究テーマと内容に興味を持ち、原先生の研究室を選びました。卒業研究はこれから取りかかるところですが、先輩方のLINE WORKSを使った研究を引き継ぎたいと思っています。
なぜLINE WORKSを卒業研究に利用するようになったのでしょうか?
原先生:
2019年から学校から学生や保護者、あるいは学校内の情報共有システムとして、県内でも多くの教育機関が利用しているメール連絡網ツールを利用していました。これは学校に特化したシステムで、学校からのお知らせや資料配布などの情報発信、保護者や学生の名簿管理等はしやすいのですが、一方通行の連絡なので、学生側が問い合わせをしたいときは別のメールアドレスなどを使う必要がありました。それならば双方向のコミュニケーションが図れるLINE WORKSをメール連絡網の代わりとして使えるのではと考えたのが、そもそもの出発点でした。
しかし、個別の問い合わせが増えてしまっては、学生も職員も負担が増えてしまいます。そこで、一部の問い合わせについては、職員を介した対応ではなくチャットボットで対応することができれば、お互いの負担を増やさずに解決できる可能性があるのではと考えました。
一方で、私の研究室では「e-Campusプロジェクト」という、学生自身が学生生活の中にある課題やニーズを調査し、ICTシステムを用いて改善することをテーマにした卒業研究を実施しています。研究対象とすることで、学校側が課題としていた連絡の利便性の改善だけでなく、課題やニーズに対応するためのBot開発も実践できると考え、2019年からLINE WORKSを対象とした研究がスタートしました。その年の研究によって生まれた新たな課題を引き継ぎ、今年で4年目になります。
これまで行ってきたLINE WORKSを活用した卒業研究について教えてください。
原先生:
初年度では「CMSを用いた学内情報提供Webシステム」を研究テーマとしました。学生たちに「スマートデバイスで知りたい学内情報」のニーズを調査した結果、「各教室にある休講情報などの掲示物」「教員の所在」のニーズが非常に高く、スマートデバイスで利用できて学生からも投稿ができる情報提供システムを望んでいることが推測できました。当時、そうした特徴を持つシステムは当校にはなかったため、Webで掲示内容が確認できて学生からも情報の掲示ができるコンテンツ管理システム(CMS)であるDrupalを導入しました。
2020年度は、2019年度の結果を受けてLINE WORKSに「Drupalへの情報投稿・検索機能」と「教員の所在情報確認機能」を実装する「LINE WORKSを活用した学内情報共有システム」の研究を行いました。具体的には、LINE WORKSのチャットボットを開発し①学生からのDrupalへの投稿、②過去のDrupalの投稿内容の検索、③教員の所在確認の3つです。
①②はWebAPIとLINE WORKSのBot機能を利用することでLINE WORKSからDrupalへの投稿・検索ができる機能を実装しました。
③については、教員はLINE WORKSのBotに「在室」、「校外」など所在を登録し、学生はLINE WORKSのBotで学科、教員名を選択して教員の所在情報を確認できる機能を実装しました。
Bot機能による掲示板投稿・検索機能は、調査に参加した学生の8割が有効と感じた一方、操作性、機能性の不便も指摘されました。さらに、「教室の空き情報を確認できる機能も欲しい」という新しい要望も出されました。
これを受けて、3年目になる2021年度は、2年目の研究をブラッシュアップして、「教職員の位置情報確認機能の改善」「特定の実習教室の利用状況の確認機能」を追加しました。
「教職員の位置情報」は、これまで未実装だったスマートフォンのGPSから自動的に位置情報を取得する機能を追加したほか、職員が登録する所在の選択肢を増やし、UIの改善も行いました。
「実習教室の利用状況の確認」では、当校の情報ネットワークワーキンググループと連携して、教室のライブ映像をLINE WORKSから確認できるようにしました。生徒のプライバシー保護のため、映像の顔部分はぼかされます。
実験に協力した19人の学生からは、操作性や利便性の良さが評価され、今後は被験者の数を増やすことが課題とされました。
今年度はどのような卒業研究に取り組む予定ですか?
梶谷さん:
私は、2021年度の研究発表でLINE WORKSを使って教員の所在や部屋の使用状況を確認できるという内容を見て、純粋に面白そうだと感じて興味を持ち、この研究室に入りました。卒業研究がスタートするのはこれからですが、LINE WORKSを使って在校生の学習の手助けができると面白いのではないかと思っています。
例えば、トークBotを使ったミニテストを対話形式や一問一答で行うといったアイデアです。大学への編入試験や、学校の試験の問題で教員に質問したいという学生は多いので、対策と傾向のようなBotを作って教員や学生の役に立てたらと考えています。
LINE WORKSを活用した卒業研究の意義を教えてください。
原先生:
完成したシステムの良し悪しよりも、“お客様のニーズに従ってシステムをつくり、評価をしてもらう”という、学生たちがこれから社会で経験するシステム開発のプロセスを学生の段階で踏めることが、何よりの財産になります。「もし良いものができれば、学校や社会で使ってもらおう」というスタンスです。
LINE WORKSは、学生が普段使っているLINEとデザインや操作が似ているため、初めてPBL(プロジェクトベースドラーニング/問題解決型学習)に取り組む学生でも、解決のイメージが湧きやすく興味を持てるという大きな長所があります。さらに、さまざまなBot開発ができるため、学生の柔軟な発想力やスキルアップに役立ちます。 この卒業研究は、学生たちにとってはエンジニア修業の記念すべき第一歩。PBLによるエンジニアリングデザイン教育として非常に価値あるものだと感じているので、今後とも長く継続していきたいです。
※掲載している内容、所属やお役職は取材を実施して2022年4月当時のものです。
【お話を伺った方】
原 元司さん
松江工業高等専門学校副校長、情報工学科教授。自身も松江高専の卒業生で、勤続29年。専門分野は情報ネットワーク。
梶谷 奏太さん
松江工業高等専門学校情報工学科5年生。4年目となるLINE WORKSを活用した卒業研究を引き継ぐ。